研究紹介- 徳川 直人 -


社会的相互行為に関する社会学的研究

人と人との「あいだ」を切り口としてみたら、社会構造やその変動はどのようなものとして映ずるだろうか。私たちはよく「社会がこれこれだから」とか「個人の意識の問題が」のように言う。相互行為論は、このように外なる社会や内なる心ではなく、いま・ここで進行しているやりとりのなかに、現実や問題がうみだされるとともに解決の契機も潜在的につくりだされてゆく過程があると考えてみるアプローチだ。私はその理論的・経験的な考察・分析をおこなっている。
URLhttp://www.sp.is.tohoku.ac.jp/toku/


質的フィールドワーク論

相互行為を「そこからなにかがうみだされるところ」と考えるなら、インタビューなどの社会学実践もそれにあてはまることになる。つまり、聞き手が「私はなにも引かず何も足さず、語り手の語りをただ忠実に透明にリポートしているのだ」と自己主張することはできなくなる。としたら、理論的・経験的にはどんなことが課題になるだろうか。それは、単に語りを「ゆがめて」しまった、偏った報告になってしまうのだろうか。しかし、人が人の話を聞き、それについてまた語るということは、そもそも再創造の営みなのではないだろうか。そしてそれが人の話を尊重するということではなかっただろうか。そうでなければ最も正しいのは独白の録音テープだということになる。これはインタビューや記録の技術・手続きの問題だけではなく、社会について社会のなかで社会学することの意味や意義を考えさせられる課題だ。私はこれを「再話」の論理として考察しようとしている。
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農業と農村:近代化と代替的食農文化の形成

農の営みは人間の生物学的存在にとって根元的であると同時に社会編成にとって根元的なものでもある。農業・農村を維持しうるか否かはこの二重の意味で死活的な問題であると言ってよい。それは、農をめぐる関係性をどのように維持ないし再形成するかという問題だと、社会学(また相互行為論)の見地からは言い換えることができる。が、そう限定するにしても、生産者同士の関係、生産者と消費者の関係など、課題はつきないが、「営農志向」とは、単に個々の農家の経営戦略のことを指すのではなく、このような広義の関係性を含んだ概念である。私は、だから個々の人へのインタビューよりも(それもおこなうが)、人の集まるところ(生産者の交流会、消費者との交流会など)に着目することで、新しい視点をさぐろうとしている。
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色覚差別と語りづらさの社会学

「相互行為論」の展開。
日本は、端緒的には大正期から、本格的には戦後から、学校で児童に一斉色覚検査をほどこし、進学や就業について種々の制限を設けてきたという歴史を持つ。主として1990年代にこれが「差別」であると批判され、進路制限の多くは除去されたし、一斉色覚検査も必須ではなくなった。その歴史的な意義は認めなければならないが、今日的には、色覚少数者たちに対する非言及と無顧慮を生み出し、また、積極的な支援にも欠けがちであったという課題を残した。本研究は、色覚に関する負の烙印が「社会的に作られた」という性質を、単に名前の問題ではなく、社会的実践(制度と習慣)との関連において捉え直し、今後の制度的改善について考察するとともに、その下地となる文化的背景についても考察しようとしている。
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