研究紹介- 中本 武志 -



専門はフランス語学と言うことになっておりますが、生来の気の多さと、飽きっぽさがわざわいして(あるいは幸いして、というべきか)、いろいろな分野に手を出して参りました。学部時代には生成音韻論の枠組みでフランス語の音節構造について研究いたしました。これは現在に至るも続けております。
大学院時代には、気分を一新して、統語論に取り組むことにしました。生成文法をやるならシンタクスをやれ、という指導教官の勧めもあったのですが、やはり一つのことを常に追いかけ続けるということができない性分が現れたものと思います。研究テーマは接語という単語と接辞の中間のような存在でした。これについてもその後、時々思い出したように論文を書いたり発表したりしております。
ベルギー王国のモンス-エノー大学に留学した折りには、まさにヨーロッパの小国らしい分野に出会うことができました。翻訳論です。翻訳論は日本ではあまりなじみがありませんが、多言語社会である欧米ではよく行われています。特にEUの首都ブリュッセルを抱えるベルギーでは、必修科目といっていいでしょう。言語間コミュニケーションとして、学問的にも実用的にも大変興味深い領域です。もちろん、論文をいくら読んでも翻訳がうまくなるわけではありません。アルバイトで何度か翻訳をいたしましたが、まじめにやればやるほど時給が下がるのには耐えられず、あくまで研究対象とすることにいたしました。現在のところ、語用論的効果がいかに翻訳されるかという点を中心に研究を進めておりますが、当初の主眼は比較文体論においておりました。
比較文体論は翻訳論の中でも言語学的な部門です。扱うのは語の対応関係・構文の比較・語順の変化等、実に今日的です。しかし、翻訳にこだわりすぎて、単に英語のAという現象はフランス語のBに対応します、で終わっていては学問の名に値しません。言語の普遍性と個別性を念頭に置いて、AとBがなぜ対応するのかを説明しなければなりません。英語では He swam across the river. と動詞は一つですが、日本語では「彼は川を泳いで渡った」というように、「泳ぐ」と「渡る」の二つが現れます。これは動詞の語義拡張が英語では比較的自由であるのに比べて、日本語やフランス語ではそうではないという一般原則に基づきます。あるいはまた、日本語の「善処します」には、相手の面子をつぶさないというポライトネスの効果が働いていますが、これを英語に直訳すれば、約束という発話行為であると解釈されてしまいます。このように、個々の現象をできる限り一般的な原理で説明したい、というのが私の翻訳論です。
   
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