研究紹介- 永井 康介 -



電子の反粒子である陽電子を材料中に入射すると、材料中の電子の一つと対消滅し、その際2本のγ線を放出する。対消滅前後で、エネルギーと運動量を保存しているので、2本のγ線のエネルギーや放出角度相関等を精密に測定することによって、消滅前の電子・陽電子の状態を詳細に得ることができる。こうして材料の原子・電子状態を調べる方法が陽電子消滅法である。
 陽電子が、電子、光子、中性子等の他のプローブと決定的に異なる点は、陽電子が材料中に入射すると(a)、陽電子自身が材料中を拡散して自ら好きなナノ・サブナノサイズのサイトを探しまわり(b)、それをみつけるとそこに局在し(c)、そこで消滅する(d)ことである。この性質をうまく利用すると、他の手法では検出できない材料中のナノ・サブナノ構造を明らかにすることができる。
 最近、大洗施設内に、世界最高性能をもつ陽電子消滅2次元角相関測定装置を製作した。2次元角相関法とは2本の放出γ線のなす角度分布を1/1000ラジアン以下の精度で測定することによって、電子の運動量分布を得る方法である。量子力学においては、粒子の(位置)波動関数と運動量波動関数は、お互いにフーリエ変換の関係にあるので、運動量分布を測定することによって、電子状態を直接観察できる。ここではこの方法を用いて最近行った研究を紹介する。

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Si中の中性複空孔のヤーン・テラーの歪み解明
陽電子が好きなサイトの代表例が、空孔型欠陥である。Si中で最も一般的に存在する複空孔は、バンドギャップに2つの2重縮退し準位(eg、eu)を持ち、それがヤーン・テラー歪みを引き起こすといわれている。1価の正あるいは負に帯電した複空孔の場合、電子スピン共鳴(ESR)法によって実験的にも証明されているが、反磁性である中性複空孔の場合、ESRでは検出できないため、不明であった。我々は、陽電子消滅2次元角相関測定によって、初めて歪みを検出し、それがLarge-pairing型と呼ばれる歪みであることを明らかにした。

図の説明
(a)に応力印加前の試料の中性複空孔の陽電子消滅2次元角相関曲線の異方性を、(b)に応力印加後の異方性を示す。応力印加前後で、明らかに異方性が異なる。これは、応力によるヤン・テラー効果で中性複空孔 の(011)面内成分([1-11]、[11-1])と面に垂直成分([111]、[-111])の分布に差が現れることによるものである。

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Fe中のCuナノクラスターの電子構造――“体心立方構造”Cuのフェルミ面――
 陽電子は、空孔型欠陥だけでなく、材料中に埋め込まれたある種の溶質ナノクラスターも、敏感に検出することを、最近我々は発見した。そのよい例が、Fe中に埋め込まれたCuクラスターである。Cuクラスターが小さいときは、クラスターはCuの安定構造である面心立方構造をとらずに、周囲のFeの構造と同じ体心立方構造をとる。陽電子を用いることによって、バルクの情報を含まない、体心立方Cuクラスターの電子構造の情報のみを得ることができる。

図の説明
面心立方銅(バルク)および鉄中に析出した体心立方銅(ナノ粒子)のフェルミ面と陽電子消滅2次元角相関(2D-ACAR)の異方性スペクトル。それぞれの最近接ブリルアン・ゾーンに接触するフェルミ面の突起(ネック)[(a),(b)図中の矢印]に由来する2D-ACAR異方性の正のピーク[(c),(d)]が観測される。この方法によって、埋め込みナノ粒子の電子構造が明らかにされる。このような銅ナノ粒子が原子炉圧力容器鋼照射脆化の主原因である。

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ガラス中のサブナノ構造空隙のサイズ評価 
 シリカベースのガラスは、主としてSiとOの共有結合が基本となるネットワークと、ネットワークに囲まれたサブナノサイズの構造空隙からなる構造をとる。しかしながら、規則構造を持たないガラスはその観察が難しく、構造に関しては、原子間距離や結合角度の分布しか得られず、構造空隙に関する情報は得られていない。ガラスに陽電子を入射すると、ポジトロニウムという陽電子と電子の束縛状態(水素における陽子を陽電子に置きかえたもの)が生成する。ポジトロニウムはガラスのネットワークに囲まれた構造空隙に局在するため、このポジトロニウムの運動量分布を測定することにより、構造空隙のサイズを評価することができる。

   
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